2010年9月11日土曜日

黄金町エリアマネジメント/黄金町バザール・オープニング

昨日は、横浜の黄金町エリアマネジメントセンター主催の黄金町バザールのオープニングに参加してきました。
http://www.koganecho.net/

黄金町といえば、かっては神奈川県下随一の風俗街として有名な街でした。
私は行ったことがないのですが、西川口が安さなら、黄金町は質がウリであったと聞いたことがあります。
写真の左側が黄金町なのですが、ランドマークタワーからほんとすぐ近くに、こういう街がありました。



かつては高架下に、風俗店があったそうですが、京急が追い出して、二度と入られないようにフェンスを構築したそう。追い出された側は、周辺の店舗にうつり、歓楽街をつくりだしました。
それが、数年前に警察の一斉摘発により、風俗街がなくなりました。
でも、人の通りがなくなると、街はゴーストタウンになってしまいます。今も、多くのお店が閉まり、看板が名残を物語っています。また、京急の高架下がフェンスで囲まれているため、圧迫感のある街になっています。



2年前から、地元の人たちが行政と一緒になり、アートを主体とした街づくりに乗り出しました。
下の写真のように、アーティストのアトリエ進出に家賃を補助し、芸術の力で、面白い街をつくりだそうとしています。


例えば、この住宅はワークステーションという建築家ユニットが、かつての売春宿を貸しアトリエとしてリフォームしたもの。4、5人のユニットで借りる感じでしょうか。ニューヨークのSOHOのように、猥雑でスリルも感じるけど、なんだか完成が刺激される場所でした。


これは、ある芸術家の作品で、家の中から外まで、パイプだらけになっていました。中に居る人と外に居る人との音をつなぐ作品です。


傑作はこれ。階段広場でのインスタレーション。実は、この人、映像なんです。遠くから観た時、本当に人がいるように上手に大きさや動きを設計していました。


昨日は、建築家の西倉潔先生とそのスタッフの方々に、会場をご案内していただきました。この場を借りて、御礼申し上げます。また、会場に行かれる際には、「新入社員の悲惨な一日」という西倉先生の事務所の舞台裏を描いた展示もありますので、ぜひ覗かれてみてくださいね。


2010年9月7日火曜日

群馬県渋川市上三原田歌舞伎舞台を舞台にした都市農村交流



本日(2010年9月7日)付けの読売新聞(群馬版)に、私も関わっている群馬県渋川市上三原田歌舞伎舞台を舞台にした、都市農村交流が記事になりました。

ウェブページ: http://bit.ly/9gGTZf

この活動は、NPO法人政策学校一新塾22期である私たちが、「異なる価値観が出会うと人は元気になる」をテーマに、地方の歌舞伎を舞台にした都市農村交流を行うチームを立ち上げ、卒塾後も活動を継続してきました。
  
文中では、一新塾のことや多くのOB, OGの皆様の協力がふれられていないため、映画監督が彗星のごとく現れたような書きぶりになっていますが、一新塾なしには私たちは上三原田の地域再生や日本の歌舞伎の再生につながる、今回の活動が出来るようになっ
たとは思えません。主体的市民としての姿勢を教えて頂いた一新塾と皆様に深く感謝しております。

また、都市農村交流や地域文化再構築といったテーマにご関心のある方がいらっしゃいましたら、私たちのミーティングにも参加していただき、ご助言いただければ幸いです。
文中にもありますが、11月に開催される上三原田歌舞伎舞台を一緒に盛り上げていくことに関心のある方がいましたら、ご紹介を頂けると幸いです。どうぞ、今後とも、よろしくお願いします。

(以下、本文)

歌舞伎軸に都市・農村交流、渋川・上三原田地区
撮影の映画監督・野田さん裏方参加、スタッフ募る

昨年11月、上三原田歌舞伎舞台のセリに乗る野田さん。女性が許されるのはまれだという(野田さん提供)
 渋川市の赤城山麓(ろく)、上三原田地区に伝わる歌舞伎舞台に魅せられた東京都の映画監督・野田香里さんが、集落の高齢化で継承が懸念される舞台操作を映像に残そうと、昨年から地区との交流を続けている。今年は、11月の舞台を前に、準備を手伝うスタッフを都内を中心に募集。「歌舞伎という文化を軸にした都市と農村の交流」を橋渡ししようと、準備を進めている。

 野田さんが上三原田地区を訪れたのは、みなかみ町の歌舞伎を撮影したドキュメンタリー映画を2008年に発表したのがきっかけだ。作品を見た関係者から「群馬なら、上三原田も撮るべきだ」と勧められた。

 「かやぶきの屋根が、かわいらしい」。昨年5月に初めて訪れた上三原田で目にした舞台の第一印象だ。国内最古の回り舞台として知られ、文政2年(1819年)に地元の大工が製作したとされ、セリ(小舞台)を上下させる「二重セリ」などの特徴から、国の重要有形民俗文化財となっている。集落の住人だけで舞台を操作するのが習わしだ。

 以来、上三原田を理解しようと、地元のバス旅行に参加したり、スタッフ数人とともに舞台を見学したりして交流を温めてきた。

 撮影しながら“手伝う”と言っても、都会からぽっと訪れた人間にできることはわずか。昨年の上演前日の11月21日。素人でも出来ることをしようと、目を着けたのが、セリに積もるようにこびり付いていたハトのフンだ。野田さんはスタッフと5人がかりで2時間も畳をこすり続け、きれいに仕上げた。

 無駄にはならなかった。本番当日、そのセリに乗ることを許されたのだ。「女で裏方を一緒にやったなんて、あんたが初めてだ」。最初に訪れてから半年を経て、上三原田に受け入れられた瞬間だった。

 舞台操作伝承委員長の須藤明義さん(71)は「野田さんだからこそ認めた。関心をもって映像に残してくれるのならうれしい」と話す。

 上三原田の集落は約180世帯。舞台操作には80人の手を要し、野田さんは昨年、「あと20人いたら助かる」と言われた。今年11月の上演を一緒に手伝う仲間を募るため、上三原田で撮影した映像を8月に東京・原宿で上映。満席を超える約40人が集まり、10人程が参加を希望している。

 野田さんは「店先で突然、お茶や漬物を頂いたり。ささいな出来事にも、都会と違うことがたくさんある」と話す。古き伝統歌舞伎と、新たな人の交わり。野田さんの脳裏には、早くもそんな映像が流れている。

201097  読売新聞)