2010年6月12日土曜日

今日は、さいたま生活文化・地域協同研究会の総会に参加してきました。
仕事で食育について調べている時に、片野親義さんに菊池陽子さんを紹介して頂き、
これは本物だと思い、昨年9月に入会をしました。

今日は、議事に先立ち、代表の菊池陽子さんより、1991年の設立当時の
お話を伺いました。設立の頃、生協法にも社会教育法にも出てくる「生活文化」という
言葉が気になり、その意味は何かを仲間達と問い合ったとのこと。
ここで、昭和16年に発刊された『婦人公論』に三木清氏(哲学者)が記した
「日常の暮らしそのものが生活文化」という概念が腑に落ちたとのお話がありました。
そして、こういうことを数人の仲間だけで楽しんでもしかたないと、地域協同という
方法に至ったとのことです。

この命名の理由には、まちづくりとは何かを考える時に、随分学ぶものが多くあると
思います。生活文化を向上させるとは「暮らしの質を向上させる」ことであり、
このことに誰も反対する人はいないと思います。今日的に言い換えると、
きちんとした介護が受けられることや、不条理な労働につかされないこと、
安全な野菜を見分けるリテラシーを得る環境があること等が生活文化の向上かと思います。
まちづくりは広く万人の幸福を願うものですから、反対者がでないテーマが一番
良いと思います。こうしたので近年多いのが、街中を流れる川をきれいにしよう、
川が汚くなったのは市民が街に関心がなくなったからで、川がきれいになる過程を
通じてまちへの関心を取り戻そうという川まちづくり運動があります。石川県七尾の
中心市街地が有名かと思います。

そして、次に重要だと思ったのは、地域と協同でという考え方です。
ここで地域とは、誰にでも開く(オープン)ととらえていいかと思います。
生活文化を向上させるといっても、個人の利益にのみ関心があるのならば、
友人同士で楽しく、情報交換をするだけでもいいのではないかと思うのです。
何が違うのかを考えた時に、社会性・公共性を持って活動をするという意思
だと思いました。オープンにすると、異なる意見をもった人が入ってきます。
これをよしとし、万人の幸福につながる活動をするという意思だと思います。
まちづくりを仕事にしていると、一部地権者の利権に絡んでいたりとそういう面も
みることがあります。だいたい、そういうまちづくり団体は、排他的なコミュニティ
になっていることを思い出します。

そして、20周年を記念して佐藤一子先生による「イタリアの非営利セクターと
地域創造」と題する講演も拝聴しました。
懇親会の席で、旦那様が私と同業であったと伺い、また、周りの方々からもその
仕事の凄さ、理想論だけでなく、物事を実現していくことを主義としていたこと
等のエピソードを伺いました。

私は、都市計画コンサルタントになって1年余り、社会教育で学んだ民主主義や
基本的人権の尊重といった考え方に基づいた都市計画を取り戻すと意気込むものの、
嫌なこともやることが多々あり、理想を掲げて野たれ死ぬのもと思うこともありました。
まちづくりは地域と関わりますので、嫌が上でも清濁を合わせ飲みます。これは、
オープンにどんどん、飲めば良い。その上で生活文化の向上に結びつくもの以外は
吐き出すことが私の仕事ではないかと、今日の総会を通じて思うようになりました。

2010年6月7日月曜日

高松001_中村谷さん(家具店)

ゴールデンウィークに、高松の老舗家具店・中村谷さんを訪ねていました。
HIPというNPOの活動で、中村谷威之さんとお会いし、せっかくなので
訪ねてみようということに。

高松市美術館のすぐ裏。かなり素敵な外観。曲線がたまりません。


店内もかなりお洒落。四国とは思えないなんて言い方は大変失礼ですが、
ここまでのお店はちょっとないかも。















ミッドセンチュリーも豊富な品揃えです。香川県だけに、イサムノグチも
そろっています。


素敵な点が二つ。

1.あれ、と思うぐらい安いこと。
東京で買うと1200円はするすてきなハンカチが500円だったりとか。
キャンドルとかグラスとか小物が驚く値段です。

2.造作のレベルが高い。父が建築をやっているもので、あわせて紹介を
したのですが、値段にあわせながらも、腕の良い仕事をしてくれることに
感動をしていました。

株式会社 中村谷
〒760-0028高松市鍛冶屋町1-10
TEL:087-851-2232 / FAX:087-851-2239
http://www.nakamuraya-co.jp

2010年6月6日日曜日

徳島003_八木和彦先生の個展(徳島県文学書道館)

今週末は徳島に戻っていました。
結婚式やら、墓参りやら、友達との誤解を解くとか色々とやることはあったのですが、
高校時代の恩師、八木和彦先生の個展にあわせて帰省をしていました。

<徳島新聞の記事>
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2010/06/2010_127554427183.html

個展は徳島県文学書道館で開催されました。
八木先生といえば、ノスタルジーな絵画と、ドキュメンタリー作品で著名ですが、実は文学についても
素晴らしい作品があります。今回の個展では、絵画と文章とを同時に楽しめる素晴らしい展覧会となって
いました。

会期中には八木先生による作品解説が行われ、ご自身の人生を振り返りながら、作品とともにご自身が
どのように思考を深められ、それが作品に影響を与えてきたのかがよく分かりました。

八木先生は、高校時代の私に、自分のことをピーターパンだとおっしゃられたことがあります。
子どもの頃に戻りたいというお気持ちを作品に投影しているというお話だったと思います。
本当に大切なものが、どんどんとなくなっていく。。。くさっぱの小川はコンクリートで養生され、夕陽の商店街は
大手スーパーの影響で店をたたみ、深みのある木造の住宅が新素材に変わっていく。。。
目に見える世界だけでなく、ご自身もどんどん老けていく体(失礼!)と、社会的な責任の増加を感じられて
きたのでしょう。
高校時代の私には想像も出来ていなかった大人の気持を、先生は18歳の僕に話されていたのでした。

この度の講演会では、先生は「大切な思い出は遠い過去ではなく、今、自分の中にある」とおっしゃられました。
このお話を伺った時に、たまたま自分の後ろにあった絵と文を読みました。そこには、子どもと手をつないで
光の方へと歩いて行くご自身が描かれ、そこには「もうこれ以上、私には何もいらない」と書かれていました。
全てのつながりのなかに、この幸せがあるのだと先生は感謝されているのだと思います。
私もこのように生きたいと強く感じました。今回の展覧会では、絵と文章とが一体となることで、これまで
以上に八木先生の世界に入ることができました。

また、本日は音楽療法士・加太好晴さんが八木先生の世界観を音楽で表現されるという催しも開催されました。
http://artmusically.com/
富士山を静岡側からみるか、山梨側からみるか、形は違えど富士は富士。二人のテーマは完全に重なっており、
絵画・文章で表現するか、音楽で表現するか、そしてその3つが重なるとこれほどまで多くの人に届く力になる
のだと実感しました。上手に言葉にできないのがもどかしい。。。

私自身は、家族と共に会場に伺いましたので、音楽会の後にいつも言えない「ありがとう」を伝えました。
また、高校時代の八木先生の教え子たちが代を超えて集い、即興でビデオ撮影やカメラ撮影のお手伝いをしました。
八木先生と共に活動した大切な思い出を持った者同士、学生だった時代は違っても大切なものを共有している
ことが分かり、単純にこの世はすばらしいと思いました。大切なものが、こんな身近にあるのだと強く強く
感じた一日になりました。

八木和彦先生のHP (なんと、今回初めてお会いした八木先生の教え子が作成。こういうつながりに驚きます)
http://kazuhiko-yagi.com/