今日は、さいたま生活文化・地域協同研究会の総会に参加してきました。
仕事で食育について調べている時に、片野親義さんに菊池陽子さんを紹介して頂き、
これは本物だと思い、昨年9月に入会をしました。
今日は、議事に先立ち、代表の菊池陽子さんより、1991年の設立当時の
お話を伺いました。設立の頃、生協法にも社会教育法にも出てくる「生活文化」という
言葉が気になり、その意味は何かを仲間達と問い合ったとのこと。
ここで、昭和16年に発刊された『婦人公論』に三木清氏(哲学者)が記した
「日常の暮らしそのものが生活文化」という概念が腑に落ちたとのお話がありました。
そして、こういうことを数人の仲間だけで楽しんでもしかたないと、地域協同という
方法に至ったとのことです。
この命名の理由には、まちづくりとは何かを考える時に、随分学ぶものが多くあると
思います。生活文化を向上させるとは「暮らしの質を向上させる」ことであり、
このことに誰も反対する人はいないと思います。今日的に言い換えると、
きちんとした介護が受けられることや、不条理な労働につかされないこと、
安全な野菜を見分けるリテラシーを得る環境があること等が生活文化の向上かと思います。
まちづくりは広く万人の幸福を願うものですから、反対者がでないテーマが一番
良いと思います。こうしたので近年多いのが、街中を流れる川をきれいにしよう、
川が汚くなったのは市民が街に関心がなくなったからで、川がきれいになる過程を
通じてまちへの関心を取り戻そうという川まちづくり運動があります。石川県七尾の
中心市街地が有名かと思います。
そして、次に重要だと思ったのは、地域と協同でという考え方です。
ここで地域とは、誰にでも開く(オープン)ととらえていいかと思います。
生活文化を向上させるといっても、個人の利益にのみ関心があるのならば、
友人同士で楽しく、情報交換をするだけでもいいのではないかと思うのです。
何が違うのかを考えた時に、社会性・公共性を持って活動をするという意思
だと思いました。オープンにすると、異なる意見をもった人が入ってきます。
これをよしとし、万人の幸福につながる活動をするという意思だと思います。
まちづくりを仕事にしていると、一部地権者の利権に絡んでいたりとそういう面も
みることがあります。だいたい、そういうまちづくり団体は、排他的なコミュニティ
になっていることを思い出します。
そして、20周年を記念して佐藤一子先生による「イタリアの非営利セクターと
地域創造」と題する講演も拝聴しました。
懇親会の席で、旦那様が私と同業であったと伺い、また、周りの方々からもその
仕事の凄さ、理想論だけでなく、物事を実現していくことを主義としていたこと
等のエピソードを伺いました。
私は、都市計画コンサルタントになって1年余り、社会教育で学んだ民主主義や
基本的人権の尊重といった考え方に基づいた都市計画を取り戻すと意気込むものの、
嫌なこともやることが多々あり、理想を掲げて野たれ死ぬのもと思うこともありました。
まちづくりは地域と関わりますので、嫌が上でも清濁を合わせ飲みます。これは、
オープンにどんどん、飲めば良い。その上で生活文化の向上に結びつくもの以外は
吐き出すことが私の仕事ではないかと、今日の総会を通じて思うようになりました。
2010年6月12日土曜日
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